世界で認められている日本人例~ナヴォイ劇場~

日本人は、単に損得勘定だけを考えて行動したりせず、簡単に夢や希望を捨てたりしない、確固たる意思のもと利他的な行動をとる珍しい人種です。

以下、その例の一つをご紹介いたします。

ナヴォイ劇場はアレクセイ・シュチューセフが設計して1942~1947年に建設され、1947年11月にアリシェル・ナヴァーイー生誕500周年を記念して初公開されている。劇場の収容観客数は1400人で、舞台の広さは540平方メートルである。

第二次世界大戦で、ソ連の捕虜になった日本人に強制労働として、劇場の建設が課せられた。長時間の労働に加え、食事には腐ったものが出てくるなど劣悪な環境であった。実際に作業に関わった500人のうち、79人もの日本人が亡くなっている。

しかし、強制労働にもかかわらず『日本に必ず帰って、もう一度桜を見よう』の合言葉のもと、妥協のない姿勢で建設に携わり、3年かかるであろうこの建設を僅か2年で完成。細部の彫刻にまでこだわるなど完璧な出来であった。

1966年4月26日のタシュケント地震では、78,000棟の建物が倒壊したにもかかわらず、ナヴォイ劇場は無傷であり、市民達の避難場所としても機能した。

建設時、懸命に作業する日本人に対して地元子どもから食べ物の差し入れが行われたが、彼らに対して木のおもちゃをお返しするなど劣悪な環境でも礼儀を忘れなかった。

1996年、ウズベキスタン大統領イスラム・カリモフが、建設に関わった日本人を称えるプレートを劇場に設置した。その際の指示は「彼らは恩人だ、間違っても捕虜と書くな」というものであった。

プレートには、「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォイ―名称劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。」と日本語で書かれている。

実在するスーパー企業家

現在、やれマーケティングや経済学、資産運用など、西洋の文化が日本人の心を占めているようなメディア情報が氾濫してますが、そんなことばかりでは決してなく、現実に利他的に行動し結果を出し続けている社会企業家が、同年代でも多く実在します。

もっとも、ただ日々を仕方ないから会社勤めしたり、旧知の友達とだけ遊んだり、自身の日常から離れた行動を起こさず、自身が会ったことがない人達と関わりあう可能性のない日常を送っているだけでは、信じられないことかもしれないです。

自分に入ってくる情報は、同僚、家族、友達、テレビ、ラジオ、インターネットからが主な情報源となると思いますが、いつも同じ人、テレビ番組、インターネット記事を観ていれば、出会うきっかけが生まれうる可能性はとても低くなってしまうことが原因かと思います。

私が起業してからここ1年で出会った人間の中には、弁護士や公認会計士はもちろん、博報堂・電通から直接オファーをもらったり、一部上場企業の社外取締役に実力で任命されたり、NPO法人を立ち上げ成功し政府からオファーが来たり、海外政府と日本超大手企業から名指しでコンサルタントを依頼された人間などが、うじゃうじゃいます。

彼らと同席して、隣で酒を飲んでいるその姿を観ていると、ここが重要なのですが、彼らにできて私にできないはずがない!と思うのです。なぜなら、隣にいる人間と、その時だけは同じ時間・空間・意識を共有しているからです。

例えば、有名進学高校の3年生が、春まで全く勉強しなかった先輩たちが夏から勉強して次々に東大に合格している姿をみれば、「あの人が受かるんだから自分も受かるに違いない」と信じ込むことと似ているかもしれません。

自分を信じる想いが強ければ、人間は誰しも、本当に成し遂げてしまうのです。成功している人間と、そうでない人間の差は「必ず成功する」という想いの差だと思います。

本当にすごい人間に出会うまで自分の中だけにその想いを秘めていれば、結構頑張れたりするものです。